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2010-10-03

出版月報2005年5月号「特集 ライトノベル研究」より ライトノベルの市場の成り立ち 出版月報2005年5月号「特集 ライトノベル研究」より ライトノベルの市場の成り立ち - CAXの日記(Group::Lightnovel) を含むブックマーク はてなブックマーク - 出版月報2005年5月号「特集 ライトノベル研究」より ライトノベルの市場の成り立ち - CAXの日記(Group::Lightnovel)


ライトノベルの市場の成り立ち

 前述の通り、ライトノベル市場は昨日今日にいきなり成立したわけではない。今日に至るまでの長い道のりがあるのだ。それはSF・ファンタジーの歴史(これについては小誌02年5月号も合わせてご参照いただきたい)と重なるものであるし、伝奇ノベルズや少女文庫のブームとも切り離して語ることはできない。

 推測となってしまう部分もあるが、ライトノベルの歴史を大まかに振り返ってみよう。

  1. 70年代~80年代初期:ライトノベル以前

 ライトノベル以前の少年少女向け文庫は、「秋元文庫」(秋元書房)、「ソノラマ文庫」(朝日ソノラマ)、「集英社文庫コバルトシリーズ」(集英社)など、SF専門では「ハヤカワ文庫SF」(早川書房)などが独自に頑張っているという状況だった。SFやファンタジーというのはまだまだマイナーで、怪奇・冒険・ミステリ・学園・恋愛といったテーマが主だったのである。

 しかし現在のライトノベルにつながる萌芽は、ここからすでに現れ始めていた。平井和正幻魔大戦』や高千穂遥『クラッシャー・ジョウ』、富野喜幸(現・由悠季)『機動戦士ガンダム』、栗本薫グイン・サーガ』、夢枕獏『キマイラ吼』、菊池秀行『魔界都市〈新宿〉』。少女小説では新井素子星へ行く船』、氷室冴子なんて素敵にジャパネスク』、久美沙織丘の家のミッキー』など。これらの作品と作家たちがSFやファンタジーといったジャンルを耕し、また一人称とは違う「ライトノベル」の土壌を作っていったのである。

  1. 80年代半ば~後期:角川書店の進出

 この時期より、出版社が戦略的な展開を開始する。先鞭をつけたのは、当時から映画やアニメなどで積極的にビジュアル展開を行っていた角川書店。すでに「角川ノベルズ」でライトノベル的手法を導入していた同社は、アニメ調のイラストを武器にノベルズ読者より若い層の開拓を狙っていた。その切り口としてゲームなどで広まりつつあったファンタジーという言葉に着目し、大々的に「角川文庫ファンタジーフェア」を開催したのが86年。日本にファンタジーという言葉が定着したのも、このフェアによるところが大きい。

 このフェアで手応えを得た同社は若者向け文庫の強化を図り、87年に「角川文庫青帯」というレーベルを立ち上げた(最初のラインナップはガンダム関連ばかりだったが)。

 翌88年、系列会社で官能小説や時代小説を手がけていた富士見書房からも実験的に「富士見ファンタジア文庫」が創刊される。「青帯」のアニメ路線に対しこちらはゲーム系、当初より少年向けで新人賞の創設というのも特徴だった。

 これと差別化を図るため「青帯」を「角川スニーカー文庫」という名称に変更、角川書店は「スニーカー」と「ファンタジア」という2つのレーベルを同時展開してくことになる。「ソノラマ」「コバルト」など先行レーベルの状況から市場に可能性を見出していたのだろうが、それにしても強気だったというほかない。

 これらはアニメ調の表紙イラスト、コミック的なストーリーで、まさにライト感覚で読める文庫だった。これが今日のライトノベルの直接的原型となったわけだが、当時の文庫業界・文芸業界にしてみればかなり衝撃的な存在だったのも確かである。「スニーカー」からは水野良ロードス島戦記』が、「ファンタジア」からは竹河聖『風の大陸』が大ヒットとなり、レーベルは見事に定着した。

 一方、少女文庫では87年に講談社が「講談社X文庫ティーンズハート」を創刊。当時は少女漫画が爛熟期を迎えており、文庫に活路を見出そうという側面もあったようだ。「コバルト」よりも低い年齢層を狙い、ピンク色の装丁、“少女漫画よりも読みやすい”といわれた文章は、これまた業界の度肝を抜いたものである。花井愛子、林葉直子、倉橋燿子らが大ヒット、読者の消費量も凄かったが生産量は輪にかけて凄まじかった。

  1. 90年代:ブームの終焉と多様化

 「スニーカー」「ファンタジア」そして「ティーンズハート」の成功は非常にセンセーションで、文庫市場に新しい方向性を指し示すものとなった。追随する出版社が相次ぎ、怒涛の創刊ラッシュが巻き起こったのだる。90年代前半だけで、20以上のレーベルが一気に創刊された。

 ここでちょっとした事件だったのは、メディアワークスの設立。92年に角川書店のゲーム誌編集を手がけていた角川メディアオフィスの社員が揃って退社し、新会社を立ち上げたのだ(販売は主婦の友社が担当)。93年には「電撃文庫」を創刊し、これで角川系(といってよければ)レーベルは3つに増えたことになる。

 さて、大量創刊された新レーベル群は少年向けも少女向けもファンタジーや伝奇ものを主力としていた(なぜか「ティーンズハート」だけはファンタジーをほとんど手がけなかったが)。この時に創刊されたレーベルは、今はほとんど残っていない。大作指向のファンタジーや伝奇もののブームがいち早く終焉を迎えたからだ。

 結局生き残ったのは「ソノラマ」「コバルト」など以前からあったレーベルと、新人や新作の育成に積極的だった角川系のみ。支持を集めたのは、ファミコンゲームの世界をそのまま投影した『スレイヤーズ!』(富士見書房)、当初からアニメ・コミック・ゲームなどのメディアミックス展開が想定されていた『爆れつハンター』(メディアワークス)など、読みやすくて個性的な作品だった。

 90年代半ば以降よりしばらくの間、ライトノベルはSFや学園もの、美少女ものなど、新しい方向性を模索していくことになる(少女文庫の場合はボーイズラブに活路を見出していく)。ライトノベルが多様化し、概念が拡散して全貌が捉えにくくなっていくのもこの辺からだ。

  1. 98年以降:ニューウェーブの到来

 ライトノベルの流れが変わってきたのが98年、『ブギーポップ』シリーズ(メディアワークス)がヒットしたことによる。同作品はいわゆる学園ホラーだが、“セカイ系”ともいわれる斬新な内容と凝った物語手法が注目され、ライトノベルファンだけでなく一般からも高く評価されたのだる(セカイ系とは、これも賛否両論ある言葉だが、キャラクターの意識・行動がそのまま世界の命運を左右してしまうようなプロットのこと。アニメ「エヴァンゲリオン」が原点といわれる)。

 同作品を皮切りに、『キノの旅』(メディアワークス)、『戯言』シリーズ(講談社)など、ライトノベルにも高度で良質な作品があることが知られるようになった。これに伴い、00年あたりから出版社も刊行点数を強化しはじめ、新レーベル創刊や新人賞創設も活発になってくる。『十二国記』(講談社)や『デルファニア戦記』(中央公論新社)などの一般文庫化、桐野夏生乙一などライトノベル作家文学賞受賞、大手・講談社が同人小説『空の境界』を出版したことも遠因となっただろう。ともかく、これまである種サブカル的だったライトノベルが、文芸の一ジャンルとして評価されるようになってきたのだ。

 そこへ日経BPがオタク市場のひとつとしてスポットを当てたことにより、ライトノベルの市場は一気にメジャーになり、マスコミからも注目される存在となったのである。


   出版月報2005年5月号「特集 ライトノベル研究」




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