こころー夢の河辺でー

|

2009-03-22

    

 ようこそkuromuraさん  最新の日記 記事一覧 日記を書く 管理 ログアウト ヘルプ


こころ-夢の河辺で-

<前の10日分 

2009-03-13 蛙(89) 編集

 その山の奥深くで、大きな蛙を見たという老人がいる。

 ーありゃあ、恐ろしゅう太かったよ。あの蛙は‥‥えすかったあー

 真顔で話すその人は、義一という土地の古老。きのこ取りの名人と云われたその老人は、秋になると朝早くから、その山のきまった秘密の場所に松茸を取りにいくのを楽しみとしていたが、その日は一本もとれない。

 それで新しい場所を探して、赤松の林が続く急傾斜を、蔦葛を頼りに伝い登っていくうちに、とうとう山の頂きに近い開けた場所に出たそうな。

 あたりは、つぎつぎと谷間から吹き上がる白い霧がたちこめて見通しが利かない。

 傍の石に腰を下ろして、霧の晴れるのを待っていたその時、誰かが老人の名を呼んだそうな。

「ぎいち、ぎいち、義一‥‥」

 はて、と思いながら、あたりを見回すと、ちょうど霧が途切れたあたり、前に突き出た崖の上から、巨大な蛙がこちらを見下ろしてのどを動かしている。

 それは鯨ぐらい大きく、人間をひとのみにするほどだったそうで、肝をつぶして、あわてて逃げ出した老人が、もう一度確かめようとこわごわ振り返ったとき、蛙が口を開けてにやっと笑ったそうだ。

 もともとその老人はひょんきんな性格で、過去にも熊や狼に出会ったとかいうほら話をしたこともあり、また例のでたらめだろうと、地元ではまともに扱われていない。

 老人のことだから、眼の錯覚ということもあるかも知れないし、老耄による幻覚とも考えられるが、その附近の山々に昔からある巨石群のことを、考えあわせたら、大蛙の化物の話も巨石の一つではなかったかと納得がいくことかも知れない。

 話の真偽はともかく、春になったらその山に登ってみて、自分の眼で、蛙に似た大きな石に巡り会いたいものと思っている。

 

(この話は当地方の石神群からの連想です) 

 




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20090313



2009-02-23 春(88) 編集

 雑木林の中の、急な崖道を登っていると、突然、耳元で生暖かい息を吹きかけられたような気がした。見ると、傍の大きな樫の樹の幹に小さな穴があいていて、その奥で何やらもぞもぞ動いている。どうやら樹のうろに鳥の雛が居るようだ。

 こんな低いところに巣を造る鳥もいるのかと思って、穴を覗き込むと、赤黒いものがしゃにむに、つぶったままの目ばかり大きな頭を突き出してくる。手を入れて、引っぱり出すと、まだ毛の生えそろわぬ鼠に似て、痩せてなめし革のような裸のからだをよじっている。

 一体この生きものの親はどこにいるのかと、あたりを見回した。こんな低いところに巣を造って、蛇にでも食われたらどうするつもりだろうなどと、ぶつぶつ呟きながら、取り出した生きものをポケットに入れようとすると、

「よけいなことを」 

という小さな声がした。  

 どうも、この生きものが喋っているらしい。

「いま云ったのはおまえか」と聞くと

「おれが蛇に食われようが、おまえが知ったことか」という。

「それは困る、おれは、おまえの危険な状態を見逃すことは出来ないのだ」

「どうするつもりだ」

「家に連れて帰る」          

「よけいなことを」

 連れて帰った生きものは、パンのくずや大根の葉を食べる。まだ自由に動けないので、柱に吊った布の袋の中に入れ、時々糞で汚れた身体を洗ってやる。世話のやけるわりにはわがままな奴で、お湯が冷たいとか、いやな臭いがするとか、エアコンの音がやかましいとかいう。

 生きものは「こんな窮屈なところはもういやだ」と雑木林に帰りたがり、こっちは「いつも文句ばかりいいやがって」と口論ばかりだ。




コメントを書く

kuromura 2009/02/25 19:00

前の写真があまりにお粗末だったので、絵に変えました。かわいすぎて、残酷だと叱られるかな?



トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20090223



2009-02-14 鮒(87) 編集

 寒い冬の朝、氷が張った堀の中で鮒の兄弟が話している。

「おはよう、今日は寒いね」

「なんだか天井が低くなったみたいだね」

「氷が張っているからね」

「きょうは、鷺はお休みだね」

「鷺はこわいからなあ、子ぶなだったらひとのみだからな」

「でももう、ぼくらは大丈夫だよね」

「いやいや、まだ安心できない、あのひげを生やした鯉ぐらい大きかったらいいけど」

「でも、ぼくらは鯉にはなれないんだろう」

「種類がちがうからね、ああ、やっと陽が射してきた」

「氷が虹色に輝いてきれいだね」

「なんだか、オーロラみたい」

「オーロラって見たことあるの」

「いや、雁から聞いたんだけど、北のほうでしかみられない特別な光で、神秘的でそれは綺麗で、空に架かった帯のように揺らめいているそうだよ」

「ふーん、一度見てみたいな」

「でも、そこは、いつまでも明けない朝が続いているような所で、ここから何万キロも離れた場所なんだよ」

「へーえ、でも、行って見たいな」

「遠い夢のような話だよ、しー、ちょっと黙って‥‥‥今、ぴしぴしって音がしたろ」

「何の音だろ」

「きっと、氷が解ける音だよ、陽が高くなったからね、そらもう、岸にほっそりと白い影が映っている。あれは鷺だよ、要心しなくちゃ‥‥」

「ねえ、さっきのオーロラのことだけど」

「もう、そんなことは考えないほうがいいと思うよ、少し泥臭いけど、やっぱり、生まれ育ったこの堀が一番だよ、鮒のおれたちには、こうして何事もなく、ゆったりと腹ひれを動かしているのが、いちばんいいのさ」




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20090214



2009-01-22 疑問(86) 編集

 フランスの画家フラゴナールは、「ブランコ」で、花を捧げて庭に寝そべる男爵と、その上で腿もあらわに、大胆にブランコに興じる愛人を描き、さらにブランコを揺する陰気な召使(夫?)を木立の奥に配している。

 私は、生来運動神経が鈍く、学校でも、スポーツが苦手だった。苦手というよりは、人前で走ったり、演技したりということに、どうしても積極的な気持になれない。

 職場でも、職場対抗のソフトボールでも、バレーでも、やれば出来ないことはないのだが、進んで参加したいと思わない。

 多分、失敗して笑われたくない、恥をかきたくないという気持だろうが、もともと他人との間に意識の溝があるのかも知れない。

 他人との間の溝は、小学校時代の二回の転校に原因があると思っている。土地の方言がわからず、気の短い教師からは殴られ、なかなか、高校の頃まで友達もできなかった。

 こんな私が長じてから見た夢で、つぎのようなものがある。

 湖の岸では、若者たちが寝そべりながら、対岸の娘たちを口々にからかっている。湖の向う側では、森の中から伸びた突堤の明るい草地で、若い娘たちが輪になってバレーボールをしており、娘たちを連れて来た教師が、不作法な若者たちに「やめなさい」と手を振って抗議している。

 この夢で当の私はどこにいるかというと、湖の岸辺にぷかぷか浮んだ棺(ひつぎ)の中にいるのだ!

 話を最初にもどす。何故、フラゴナールは、明るく躍動する画面の奥に、その雰囲気を打ち壊すような陰気な男を描かねばならなかったのか。

 この有名な「ブランコ」という絵を見るたびに思う私の疑問である。


コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20090122

ChartricChartric2011/07/19 02:38I’m not wtorhy to be in the same forum. ROTFL

gyyukfyweergyyukfyweer2011/07/20 03:00XXIctq , [url=http://khhcarydetiv.com/]khhcarydetiv[/url], [link=http://robbtzvgtigz.com/]robbtzvgtigz[/link], http://dpwouggtyrmp.com/

lbqpbalbqpba2011/07/23 00:506YJcih , [url=http://fpczvdllwrbn.com/]fpczvdllwrbn[/url], [link=http://jikyzdjxvgyk.com/]jikyzdjxvgyk[/link], http://llosakkgopbe.com/

2009-01-13

2009-01-13 日輪(85) 編集

 じんと空気が震え、東の空が白くなった。黒い山なみの向こうから、長脛彦がやってくる。ぴかり、ぴかーり。朱色の剣をきらめかせて、急ぎ足でやってくる。

 

 古い絵馬堂の天井を眺めている。天井の絵馬には蟹と長脛彦の戦いの様子が描かれているが、色も落ち輪郭もさだかではない 

 その昔、西国の涯にあった大樟の、齡ふるうちに虚(うろ)となったその根元の暗がりに、いつか巨大な蟹が棲みついたという。

 もともと暗闇が好きな蟹は、雨が降れば穴から出て活動する。大樟の虚(うろ)から出た大蟹は、西国に水害やひでり、争乱を引き起こし、あまたの人を殺めたということだ。 東の国の長脛彦は日の子。蟹はこの世の中の暗黒の化物。新しいいのちの働きを否定する力。長脛と蟹の両者は、覇権を争って長い間戦うが、蟹は長脛の剣に恐れをなして、西の海に隠れる。

 絵馬堂の前のその樟の木は‥‥樹齢二千年ぐらいだろうか。風雨にさらされて朽ちた樟の虚(うろ)には、いま清らかな霊水が湛えられ、その中には新しい若木が生じている。それは再生した樟の新しい生命。

 長い悪夢から醒めた樟の生命が、青白い幼木に宿り、はるか頭上の空から降ってくるまばゆい光を見詰めて、ゆらゆら立っている。

 長脛彦の剣は新しい光。今でもはるか遠くから、蟹はいないか。化け蟹はどこにいると、その長剣を振り回してやってくる長脛彦の声がする。

 この世界は、昼と夜、光と暗黒に分かれている。そしてこの二つの極は、今でも互いに争っているのだ。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥ 

 夕方になると、これまでにない赤い夕焼けが、あたり一帯にずうっと広がって、まるで、遠い空の静かな火事のようだ。わたしは絵馬堂の縁で柿を食べている。そしてあの西の空では、「昼」を追われた蟹が赤く燃える日輪をかじっている。


コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20090113



2008-12-11 巨石(84) 編集

 街から五キロほど山手に行った所に、巨石パークという名前の場所がある。パークとは云っても、実は、三百五十メートルほどの低い山である。ひと頃の村起し町起しの機運に乗って、テーマパークとして整備され、入口に大きな標示看板まであるが、もともとは、よどひめ神社の御神体として、肥前風土記にも登場し、はるか以前から信仰の対象となっていた場所で、戦前は、参拝する人の行列が絶えなかった所だ。

 駐車場からすぐ傍の山道を上って行くと、やがて、鬱蒼とした木立の中に、忽然と兜石、座禅石、舟石などの巨石が現われ、つぎに雄石、雌石、屏風石、天の岩戸石、神護石、などが、つぎつぎ姿を現わし、山のいちばん頂上に烏帽子石、少し離れた場所に誕生石、蛙石などが鎮座する。それにしても、巨石はみんなのしかかるほどの大きさの岩なのに、それぞれの名前では、みな石と呼ばれているのが不思議といえば不思議だ。

 何度かこの山に登ったが、いつも、巨石の重々しい存在感に圧倒されてしまう。

木の根が巻き付いた兜石を見上げ、落ち葉が重なる座禅石から下の奈落を見下ろす。屏風石の下に入ると押しつぶされそうな気持になる。神護石は太古の恐竜の胴体を見るようだ。それからどこまでも高くそそり立つ雄石‥‥‥。

 

 言葉を失うというのはこのことだろうか。巨石に出会う者は、その大きさ、その異様な形状、荘厳なたたずまいに声を呑む。あとには、強い畏怖の感情だけが残り、表現するどんな言葉も無力だ。

 ‥‥‥‥時が始まってこのかた、闇の彼方にうごめくものを照らしだす言葉。意味もなくたちつくすかれらを映し、よみがえらせる世の光。それは物たちに、優しい英知の顔を与え、あたかもいのちあるもののように、幾重にもやわらかい感情の影を投げかける。

 言葉は光。ことばがなければ、かれらもついに存在しえない筈なのが‥‥。

 羊歯に覆われ苔むして、行く手に、ぬうと立ちはだかるもの。思いもかけず、むこうからあんぐり、そこいらの理性を呑み尽くし、

ひともなげにこっちを見下ろすものーそして逆転の時が始まる。

 人間‥‥お前は一体何者だ。




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20081211



2008-11-25 芋(83) 編集

  水槽の中では、小さな亀が手足をばたばたさせている。大体水が多すぎるのだ。

 ああ、忙しい、忙しい。これから懇親会だ。 私は旅館の部屋で、洋服を脱ぎ、浴衣に着替えようとしているのだが、この浴衣、糊ではがれ難いし、帯は短か過ぎる。ああ、着くのが遅くて、とうとう風呂にも入れなかった。ままよと、そのまま階段を駈け降りると、大会場では、騒然と歌う声や怒鳴り声、もう宴会は始まっている。

 しきりの障子を開けると、席に座っているのはわずかで、部屋中浴衣姿がうようよ。徳利を抱えて歩き回る者。額を突き合わせて怒鳴りあう者。給仕女と抱き合っている者。課長がどじょうすくいを踊っている。鼻の下の折り箸が鬼の牙のよう。青鬼、赤鬼、白鬼ここは地獄の釜の底か。

 職員のなかに、同じ出向の平尾君がいる。飲めない平尾君の傍に行って仕事の話をしていると、急に平尾君が汗をかきはじめた。ひどい量で浴衣の間の胸には洪水のように汗が溜まっている。 

 突然肩を叩かれた。誰か知らないが、真っ赤な赤鬼が傍にどんと座り、さあ飲め飲めと酌をする。お互い知りもしないのにめちゃくちゃだよ。

 訳が分らないまま飲まされて、だんだん酔いが回ってきた。回りがぶつぶつがやがや騒がしい。だんだん耳が遠くなる。

 目の前の鍋から盛んに湯気が立ち上る。目がぐるぐる回る。鍋の中で煮立っているのは芋か私か。そこで砂糖を少々、醤油をひとさし。やがて皿に盛られて、みんなおんなじのっぺりふっくら赤い顔。互いくっつきあって、ぬるぬるつるつる遊んでいる。こそばゆいったらありゃしない。

 さあ、食べて下さいと云われて取った芋のひとつが、箸から滑りおっこちて、ころころ転げて‥‥。「ありゃ、踏んじゃったよ」




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20081125

2008-10-19

    

 ようこそkuromuraさん  最新の日記 記事一覧 日記を書く 管理 ログアウト ヘルプ


こころ-夢の河辺で-

<前の10日分 

2008-10-19 凧(82) 編集

 それは今でも、壊れかかった農家の納屋の土壁などに架かっているのを、ときたま見かける。

 材料は紙と竹と糸。斜めに組み合わせた二本の細い竹の先を糸でぐるりと囲み、太陽や動物や人間の顔を描いた障子紙を張ったものだが、その紙も大抵破れてしまっている。

 昔使われていたときの名残の糸が竹の先にぶらさがっていることもあるが、もう用はなさない。風が吹いてその糸が何かにからまったりすると、からだ全体を震わせて、びびびびと声をたてる。

 凧と呼ばれるそれは、五十年ほど前まで、田舎の空き地や川の土手などで景気良く上がっていたが、近頃はさっぱり見かけない。

 とある村で、子供が行方不明になる事件があった。その子は、妹と祖父母の家で冬休みを過ごすために、両親が働く都会から遊びに来ていたもので、まだ、小学校三年生の男の子だった。

 その日、男の子は、家から持ってきたゲームにも飽きて、古びた田舎家を見て回るうち、ふと、長押の上に架かる凧に目が止まり、祖父に扱い方を教わって、外で上げ始めたが、庭では風がない。

 そこで、妹と裏手にある川の堤防まで行って、上げていたというのだが、それから間もなく居なくなったという。

 一緒に居た妹の証言では、お兄ちゃんが空を走っていたというのだ。 

 凧には、白い翼を生やした黒馬が描かれていたというが、風が強かったその日以来、男の子の行方は知れない。

 かって、子供は風の子と云われ、正月など寒い時期にも、近所の子供が集まって、戸外で遊んだものだが、テレビゲームなど、室内の娯楽に事欠かない昨今、子供たちには、凧などは、過去の面倒な遊び道具としか映らないのだろう。


コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20081019



2008-10-17 夕焼け(81) 編集

 その子供は、机の前に坐ってぼんやりしている。あたりの空気は固まっていて、後ろから近づいて声を掛けるが、どこか遠い世界に出掛けてでもいるように動かない。やがて、その子の肩の肉がぴくりと震え、振り向いた顔は涙に濡れている。

「どうしたの。また虐められたの」

 金子みすずは、みんな違ってみんないい、と詩っているが、あれは理想だ。まわりと違う子供は、すぐに虐めの標的になる。 

 校庭を、白い猫がゆっくりと歩いているのが窓から見える。

「ほら、見てごらん、君の猫だよ。遅いからもう帰りなさい」

 家はすぐ近くだが、両親はまだ帰っていないだろう。しかしもう夕方だ。 

 子供はぐずぐずと、箱からを出して履き、そっと校庭に出る。

「みい、みい」

 ちりりと鈴がなって、 

「おわああ」

 猫が戻ってくる。子供は、懐に抱きあげて頬ずりするが、猫はすぐ滑り降りて、木陰の薄闇に吸い込まれていく。

「かえっといでよう!」 

 薄闇に向かって子供が叫ぶ。 

「かえっといでよう!」 

 猫は生まれながらの孤独な放浪者。そして子供は家に帰っても、話す相手もいない。

 ああ、真っ赤な夕焼け。あれは何だろう。みいの顔が空一杯に広がって、おわわあと哭いているんだ。みいは魔物になったんだね。猫の口の夕焼け。燃えろ、燃えろ。夕焼け燃えろ。みいだけが分かってくれる。

 ひとりぽっちな子供は、かっと開いた魔物の口のような夕焼けの中に立っている。

 赤い雲たなびく空に、鳥や虫忙しげに飛び交って、夕陽が学校の壁を真っ赤に染めている。




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20081017



2008-09-22 金から人へ(80) 編集

 この度のサブプライムローンの破綻に端を発するアメリカのバブル崩壊は、金本位で動く経済のはかなさをはからずも露呈した。  低所得者向けの住宅ローンを金融証券に組み込んで売り出したリーマンブラザーズは、住宅ローンの返済が滞り、住宅の値上がりも見込めなくなったことで、証券の買い手がつかずに多額の負債を抱えて破産した。

 もともとリスクの高い証券である。高金利に釣られて投資した株主の夢は一夜にして消えたのである。

 人は金を求めて動く。金を運用することで利益を出そうとする人の欲がある限り、こうした期待はいつか破られるのだろう。

 金は新たな金を生み出す。株式投資という資本主義の仕組みのなかで、金もうけに奔走する人たちは、金を増やすことだけを考えている。まるで金という祭神の手先になったかのように。

 頭の中はいつも金、金、金だ。金はもともと経済社会の潤滑油のような役割を担うものだが、今は完全に金を増やすことそのものが第一義の目的になっている。

 人は金のためなら大抵のことはする。人を見殺しにし、人を騙し、時には人殺しだって辞さない。どうしてこんな社会になってしまったのか‥‥。

 商売人は汚染された米を売り付け、企業は偽りの広告で人を釣り、政治家は我が身の保身だけを考えている。身を犠牲にして、人のために尽くそうとする無償の行為を、いつから人は馬鹿らしいと思うようになったのだろうか。

 このままでは、今の資本主義の社会体制は腐っていく‥‥と云わざるをえない。世界の各地で起るテロや犯罪行為は、この体制が正常に機能せず、すでに老化しつつあることの証しではなかろうか。

 金や企業の繋がりを大事にする経済ではなく、個々の人間の連帯と幸福を考える人間本位の社会になってほしいものである。

 


コメントを書く

たなか 2008/09/23 09:40

このごろは、よく書いているようで、精神活動が活発なことだと慶んでいます。「こころー夢の河辺でー」は、なんとなく感心する(共感?)することもあるけど、正直言って分らないこともある。資本主義体制のゆがみは共感します。


kuromura 2008/09/24 10:16

たなか君、正直に云ってくれて有難う。このブログでは個人的な感覚を大切にする詩的散文と、論理のつながりを重視する論文が混在しています。よく、右脳とか、左脳とか云いますが、どちらも他人ではない自分です。

2008-09-17

    

 ようこそkuromuraさん  最新の日記 記事一覧 日記を書く 管理 ログアウト ヘルプ


こころ-夢の河辺で-

<前の10日分 

2008-09-17 君は知らない(79) 編集

 この世界にあるものは、目に見えるものばかりではないんだよ。耳をとぎすまして聞いてごらん。風の音や、水が波立つ音。鳥の声。薔薇が花開く音、地面の中で蠢く幼虫のささやきまで。君はすべてを聞き分けているわけではない。みんなを知っているわけではない。

 かたちあるものでも、そのすべてが見えるわけではない。明るすぎるもの、暗すぎるものを、君は見ることがないし、知ることもない。君が知っているのは少しだけ。 

 雨の季節の間ぢゅう、緑の魔物は、しゃれた縞模様の背広着て、かやつり草の茂みの奥で眠ってる。白い貝殻みたいなまぶたを閉じて、土砂降りの子守歌を聞いている。ーあおい、あおい、緑の底に、草の実いっぱい重くなれ、重くなーれ。

 やがて暑い夏が過ぎ、爽やかな秋が来ると、草の実たちは、軽い綿毛を身にまとい、雲になって一斉に飛び立っていく。さあ、そのころ、彼は何処にいる?

 かやつり草の茂みを、いくら探しても見つからない。‥‥‥緑の魔物は、風に揺れる樅の梢にとまって、懸命に口笛を吹いている。

 ほんとに君はいそがしい。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。緑の格子のスーツ着て、とんだりはねたり、春の野原でうかれてる。

 芋の葉ひかる夏の午後。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。広い葉っぱにほほづえついて、ざあざあ雨の歌を聞いている。

 高い空には秋あかね。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。風にゆれるもみのこずえで、ぴゅるるる、口ぶえ吹いている。

 いくら呼んでも出てこない。どこにいるのかこびとくん。そうだよ。いちめんつもった雪の下、ほかほかぐっすり、春がくるまでかくれんぼ。




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080917



2008-09-13 井戸(78) 編集

 城壁の上で、刀を持った男に追っかけられている夢を見ていた。怖い夢だった。夢の中でしきりに誰かが呼んでいた。

 戸口から洩れてくる冷たい光に、外を覗くと、昼のような月明かりがさわさわと庭に溢れ、高い桐の梢もぼんやり霞んでいる。 

 まだ、夢を見ているのだろうか。桐の樹の下に立っていた白い影が、ひらりと萩の花の向こうに隠れた。あれは死装束を着た幽霊だろうか。彼を追い詰める鬼だろうか。 

 いつの頃からか、彼にとって、この世界は金がすべての世の中になっていた。彼は金を得ようと事業に手を出して失敗し、サラ金に手を出して、重なる利息の重圧に首が回らなくなっていた。

 どこかで、ころころこころと、こおろぎが鳴いていた。それは、さっきの夢の中の声のようであり、戸を開けて外に出ると、草葛が生い茂った古井戸のあたりで、ここ、こころとしきりに鳴いている。

 ああ ここにはまだ、父や母のやさしい心が置かれている!

 思えば、負債を払うための際限のないやりくりの中で、人間らしい心をなくし続けながら、彼は、今も醒めることのない地獄の中に生きているのだ。

 ああ、あの時、どうして親の云う事を聞かなかったのだろう。親は、いつも彼の事だけ考えていたのに、子は親の言葉を聞こうとしない。頑固に自分の考えを通して、しないでいい苦労をしたあげく、同じ歳になって初めて、親の温情をしみじみと思い出すのだ。 

 いつか荒れ果てて、鬼の住処となったこの庭。彼の片意地な心を溶かすように、ひたすらにこおろぎが鳴いている。

 こころ、ころろ。

 蔦葛が生い茂った古井戸のあたりで、不孝な子を諭す両親の声が聞こえる。落ち葉の中でこおろぎがしきりに鳴いている。




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080913

ちょwwwマジじゃんwwwwww

12:26




2008-09-07 気泡(77) 編集

 バスの中は男女の小学生でいっぱいだ。携帯の画面を見ながら騒いでいる子もいれば、黙って漫画を見ている子もいる。帽子の取合いをしている子もいる。通路の間を走り回る子もいる。  

「静かにしろ」 

 引率の先生が叫ぶ。

 ここの椅子は硬くて、長く座っていると疲れる。私が見ている植物図鑑が気になるのか、さっきから、右隣に座った長い髪の毛の女の子が、ちらちら目をやっている。

 左隣は男の子で、さっきから絵を書いている。怪獣の絵で、なかなかよく描けている。先生が回ってきて構図をほめ、色遣いを指導する。

「胴体、青を混ぜたらどうかな」

「これ、フリージアでしょ」

 右隣の女の子が話し掛けてくる。

「いや、これはひおうぎ水仙て云うんだよ」

「静かにしろ。騒ぐな」 

 突然、大きな声がした。

 振り返ると、バスの入り口に二メートルはあろうかという大男が立っている。

 全体がきらきら光り、顔にあたる部分が欠けて栓抜きのようになっている。

 静まり返ったバスの中に子供達の脅えた声が広がっていく。 

「‥‥‥‥バスジャックだ」

「静かにしろ、これはゲームだ」大男がしゃべった。

 張り詰めた空気の中に、突然、何かが投げ込まれた。

「ポン」と大きな音がして、みんな出口のほうによろけた。大男も転げた。先生が叫んでいる。

「みんな、外に出るんだ。出るんだ」

 バスが停まって、みんな次々に外に飛び出した。空一面にひろがる夕焼けだった。

 そこは‥‥無数の泡が立ちのぼる黄金色の世界だった。あたり一帯でふつふつと空気がはじける音がしていた。




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080907

私書箱

12:26




2008-08-15 愛国心の行方(76) 編集

 愛国ーという言葉が今の中国政治の旗印になっているようだ。北京オリンピックを成功させ、大国としての誇り、一つの中国を実証するための国家政策だろう。

 中国は、国内に五十五という少数民族を抱え、さらに台湾問題なども抱えている。常々漢族から差別され、ないがしろにされている少数民族を束ねるため、開会式では各自治区の民族衣裳をまとった子どもたちまで登場させた。また、四川大地震のときは、政府主脳がいち早く現場に駆け付けた。

 オリンピックの開会中も、国内の新聞はどれも自画自賛のオンパレードで、毒入餃子事件等マイナス面の報道は規制されているらしい。すべては愛国心を高めるための政策だ。

 愛国心ーといえば、私はすぐに大平洋戦争を思い出す。鬼畜米英、一億一心、欲しがりません勝つまでは。こんな標語が日本全土を支配していた。あの頃は戦争を批判するような言葉は禁句で、云ったものはただちに憲兵に引っ張られ、拷問された。

 今の中国が戦時の日本と同じだとは思わないが、オリンピックのバレーの試合などで、自国応援の加油(がんばれ)を叫び、日本の選手にブーイングを浴びせる観客群集の声を聞いていると、恐ろしい過去の亡霊が蘇ってくる気持がする。

 中国の国家予算に占める軍事費の割合は世界でも突出しているという。もともと中国は清王朝の末期に西欧列強の恰好の餌食になった歴史があり、とくに本土を侵略した日本に対して、特別な警戒心があるのは当然なのだが‥‥。(南京大虐殺などは過大に扱われ、国内の愛国心の昂揚に一役買っているとも云われている)

 日本は、前大戦でアメリカに非道な原爆を落され、戦争に負けたお蔭で、すっかり自信を失い、アメリカの使い捨て文化に毒されて、江戸時代から築き上げた独自の生活文化を見失ってしまった。

 中国は、少数民族の多様な文化を認め、差別意識を捨てて、宗教の違いも乗り越え、寛大な心で国家政策を押し進めていくべきだ。

 他を尊重し、違いを認めるのは難しいことなのだろうか。

 

 


コメントを書く

田中 雄一 2008/08/17 08:35

君の時事評論を初めて読んだ気がする。全く同感。日本政府の對中国政策も妙に屈折したものを感じる。

侵略戦争の罪は罪として、未来志向の平和政策は毅然としたものがあってしかるべきだとおもいます。


kuromura 2008/08/17 10:58

コメントを書いてくれて有難う。近代史を研究している君の同感は殊に嬉しかった。地球上には様々な国があるが、自国民の団結のために、仮想の敵を作り出すことは、時の為政者がよくやる常套手段だと思う。これは韓国、アメリカ、ロシア‥‥‥どの国家、民族も例外ではない。愛国心に騙されてはいけないと思うし、われわれ一般国民も、他を認めない自己偏愛や憎しみの快感に身を委ねるべきではないと思う。


おおつき 2008/08/27 23:11

ちょっと話がズレるとは思いますが…開会式・閉会式ともにテレビにかじりついて見ました。ショーとしてのあの華々しさには感心するばかりです。(合成でなければ)あの街中(?)の花火も日本で言う消防法のようなものの安全基準を満たしているのかなどと要らぬ世話をしていました。(実は漢民族の)子どもたちが民族衣装を着て国旗に向かい国家を歌うところで悪寒めいたものを感じたのは私だけでしょうか?でも同じことはこの国に対しても言えるのでしょうね?あんなに遅い時間までショーに子どもたちを使う姿勢は好みません。各メディアの五輪報道に対する意見を少し拝見しましたが、偏ることの恐ろしさをちょっと感じました。



トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080815



2008-07-26 あやかしの森(75) 編集

 オレンジ色の壁には、クリムトの絵‥‥仰向いた女の顔が懸かっていて、喫茶店の閉じたガラス窓の内側で、ディスクの音楽は嫋嫋と鳴り渡っていた。

 昔はレコードだった音楽も、今はすべてがCDに変っている。CD‥‥コンパクトディスクは、レーザー光線を樹脂製の盤面の凹凸にあて、その反射光を読み取るということだが、私にはよく分らない。

 音楽を聞いているうち、いつか私は樹脂の香りがする見知らぬ森の中を歩いていた。

 碁盤の目状の、一定の間隔をおいて、整然と立ち並ぶ樹々。そこは風のない森。鳥も住まない人工の森。そしてかすかに漂う、作為の香り。

 苔の絨毯を踏んで歩いていくと、とある樹の根元にひとりの女がもたれていた。

 近づくと、クリムトの絵の女で、例の失神したような表情のまま、いびきをかいて眠っているのだった。

「もし、もし」

 女が目を覚ましてこっちを見た。

「お疲れのようですね。官能的なお顔が台なしですよ」

 女が伸びをして立上がった。

「いつも同じ顔をしてるのも、退屈なものだわ。でも、ここはどこかしら」

「ディスクの中じゃありませんか」

 ー音楽の注文は? そのとき店主の声がした。

 私は眠っていたらしい。

 ガラス窓の向こうには、いつもと変わらぬ原色の日常。そしていつものように、ゆっくりと熟れていく日常がある。限りなく堕ちていく苛酷な世界がある。

 ー大丈夫? あなた。この現実に目を開けていられる? 目の前の絵から、クリムトの女が尋ねる。 

*クリムト‥‥1862年ウイーン生まれ、装飾的な画風。父は彫刻師。


コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080726

2008-07-18

    

 ようこそゲストさん  最新の日記 記事一覧 ユーザー登録 ログイン ヘルプ


こころ-夢の河辺で-

<前の10日分 

2008-07-05 梟(74)

 ビルの屋上から下を見ていた。

 林立するビルの間を、連なった車がのろのろ動いている。空はもう灰色に暮れかけているが、私は今日も会社に居残りだ。

 この一年ばかり仕事が忙しい。毎日十時まで残業して、終電に乗って家に帰る。十一時に風呂に入り、晩飯を食って寝る。明くる日は七時に起床だ。

 遠くに、夕陽に包まれた森が見える。黒い森に向って鳥が飛んでいる。あの鳥たちは、これからねぐらに帰るのだろうなと思うと、涙が出そうになった。

 このところ、何もかもが厭で、気持ちが乗らない。仕事もはかどらない。いっそここから飛び降りて死んでしまいたい。でなければ、あの鳥になりたい。

 いつか無意識のうちにフェンスをよじ登っていた。向う側に飛び下りながら、身体が軽いのに気がついた。全身がふっくらとした柔らかい羽毛に包まれ、腕の先についた翼で空気を叩いている。

 これまで味わったことのない開放感に包まれながら、私は宙を舞った。隣のビルまで飛んで行き、またその先まで飛んでいった。

 しかしもう家に帰る時間だった。省線電車の灯の上を、不器用に羽ばたいて、しばらく飛んで行くと、いつか我が家に戻っていた。

 門にとまり、垣根にとまり、周囲を回って、高い松の梢にとまった。

 ほっほうと鳴いた。家族に向ってー帰ってきたぞと云った。だが明るい家の中では、みんなテレビを見ていて、私の声は届かない。

 隣にいくと、おばあさんが窓の外を見て、

おや誰だいーと驚いた顔をした。

 私は悲しかった。涙を流しながら、長いこと彫刻のように家の屋根に止まっていた。

 私は梟になっていた。‥‥私は茶色の羽根を広げ、ほうほうと低く鳴きながら、暗い森を目指して飛んでいった。




コメントを書く

かのか 2008/07/08 11:17

時々、読ませていただいていましたが、はじめて書き込みをします。

どきどきしてしまいます。

ここから違うところに行きたい、誰か違う人間になりたい、そう思うことがあります。

でも、きっと、人は今までの思い出や記憶があるから、その人として生きられるのであって、そうでない状況になったときはこの人のように他人と切り離された孤独な梟になってしまうんでしょうね。

「ほうほう」という声を思いだしながら、今のこの状況を受け止める強さを少しは捻出したいな、などと思いました。


kuromura 2008/07/10 06:30

かのかさん、有難う。これからもよろしく。過去の作品についても見てください。(コメントはメールに連係しています)

他の方のコメントについても、返事は書いていませんが、感謝してます。



トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080705



2008-06-25 子犬(73)

 いったいここはどこなのだろう。会議室、控え室、ホール‥‥‥さっきから同じようなところをぐるぐる回っているだけで、面接室がどこなのか、さっぱり分らない。狭い廊下に赤い絨毯が敷いてあるので、多分、同じ建物の中とは思うが‥‥‥。

 薄暗い照明に照らし出された廊下は、蒸し暑く、空気が淀んで息がつまる。

 小会議室、大ホール、準備室‥‥‥。トイレはどこだろう。顔でも洗って気持を落着かせたい。こんどは下の階に行ってみよう。

 エレベーターで、地下まで降りたが、ここも同じような部屋が続いている。

 ああ疲れる。

 廊下を歩いて行くと、一つの部屋から低い男の声が聞こえた。面接試験室とある。

 ノックして扉を開けると、とたんに女たちの賑やかな笑い声が迎えた。

 三人の女に取り囲まれて、椅子に腰をかけた男が話していた。女たちはかなりの年輩だが、男はまだ若く、ジャン、ルイ、バローのような目をしている。

 ーここで面接があるのですか。と聞くと

 ーええそうよ。あなたもどうぞ。身体を診ますから、そこに横になって。 

 男がまたぶつぶつ話し始め、私は空いたベットに横になった。

 急にあたりに野生の匂いが漂いはじめた。

 いつのまにか、部屋の中から女たちの姿が消えて、代りに褐色のドーベルマンが三匹いる。

 部屋の中心に小さなピンポン玉ぐらいの白い豆犬がいて、悲しげな声で哭いていて、犬たちがそれを取り囲んで、交互に鼻を突き出している。

 遊んででもいるのかなと思ったとき、子犬が、不意に居なくなった。食べられてしまったのだろうか。はじめて恐怖が襲ってきた。




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080625



2008-06-15 電鉄みどり号(72)

 とにかく忙しい日々だった。そこは四方の山々に、白い崖が切り立つ新開地。

 ある朝のこと寝坊して、駅の改札口から電車に飛び乗った。

 慌てて駆け込んで、はて、入口を間違えたか。青天井の車内はさんさんと降る日光。緑したたる若葉の間を爽やかな風吹き抜ける。これではまるで花電車。これで会社に行けるのか。その時、ベルが鳴り渡り、やおら鼻声で告げるアナウンス。

「この電車間もなく発車します。つぎは思い出駅、つぎは思い出駅」

 ーそれにしても、あの声どこか聞き覚えあるような。椅子の縁台から伸び上がれば、揺れる藤の花すだれの向こう、ドアのそばの車掌が敬礼する。

 ーおお、あれは幼なじみのくにおくん。

 あの無口でおとなしいくにおくんがと、思わず吹きだした。 

 ああ懐かしい。今を押し流す思い出の洪水に呑まれ、目を閉じると、つむじ風どどつと巻き上がり、草花一緒にぐるぐる回って電車が走る。 

 それまで後ろ姿しか見せなかった運転手が振り返って、にたり。あれは同級生のけんちゃん。やっと 間にあったねと席の向かいで、しげちゃんも笑っている。田中君、佐藤君、中溝君みんな揃って笑っている。

 電車が走る。走る。億万光年の世界へ向って。花の電車が走り続ける。裏返しになった、記憶の風景の中をまっしぐらに。

「亘」「亘」誰かが揺すっている。その声は妻なのか。亡くなった母なのか。会社に遅れますよと、揺すってる。揺り起されている今の自分は果たして誰なのか。どこにいるのか。どこにいるのか。どうにも分らない。 




コメントを書く

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/kuromura/20080615

|